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07:51:28
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月命日に振り返ってみた

らくが天国へ召されてからひと月。
まだまだ居ない生活に慣れないですね。
気持ちもそうですが、仕草がね。
例えば納戸やクローゼットを開けたら慌てて閉めるとか。
あ、もう開けっ放しでもいいんだっけ・・ってね。


ネコの老いは後ろ足からやってくるんですよ。
てん坊の時もそうでした。
何となくヨロヨロし始めて2、3か月。
ご飯を食べたばかりなのに5分後、またその10分後にご飯をねだる事も。
ボケちゃったの?なんて笑って言ってましたけど、これも認知症状ですかね。
その後が急激に変化。
ネコの老いは階段を転がる様だと何かにかいてありましたが、ほんとうにその通りでした。
まずご飯を食べなくなります。
あれこれ種類を変え、ウエットタイプにしたり、カリカリをふやかしたり。
その時は食べるのですが続かなく、そのうち匂いを嗅ぐだけになってきました。
水だけは何とか飲んでましたね。
並行して更に足がガクガクになります。
もう定位置の高い寝床には上がれなくなり床にベッドを移動しました。

1週間くらいするとベッドに入らず床に寝そべるようになり、
次はお風呂場の床と玄関のタイルで寝るようになりました。

「猫は死期を察すると家から出て行って姿を見せなくなる」という話をよく耳にします。
そこでこんなことを書いてあるブログを見つけました。

猫はからだが弱って体温が下がってくると、風呂場のタイルなど冷たい場所にからだを横たえようとします。
そんな時、飼い主としては「からだが冷たくて寒いだろう」と気遣って、温めてやりたくなります。
しかし、温めると猫は喜ぶどころか非常に嫌がります。冷たいところで寝ているほうが気持ちがいいようです。
からだが弱っている猫は、自分の体温を下げることによって、エネルギーの消費を最小限に抑えようとしている
のかもしれません。からだの衰えた猫が家から出て行くことがあるのは、ヒトに死に姿を見せないためではなく、
からだを横たえるべく薄暗くて冷たい場所を探しているのだと思います。
そして、そのまま衰弱し、安らかな死を迎えるのです。・・
私の経験では、動物は終末期を迎えると家から出て行ったり、墓場に行ったりするのではなく、
むしろ家族のヒトのそばにいたがるように思います。
ひとりになると不安なのでしょうなのでしょうか、それとも寂しいのでしょうか、ピーピー鳴いてヒトを呼ぶのです。
そして、家族のヒトがそばに来てくれると安心して静かになり、スヤスヤと寝息をたてるのです。
ヒトも病院ではなく自分の家で、家族と共に終末期を過ごすのが、動物として自然だと思います。

自然界では動物は終末期を迎えると、枯れ木のようになって死んでいきます。
そばで見ていても、その死は安らかで決して苦しそうではありません。
しかし、老いて死が近づいている動物に、毎日大量の点滴輸液をすると水ぶくれ状態になってしまい、
枯れ木のようになることができません。点滴輸液を受けて楽になるならばいいのですが、
逆に呼吸が苦しくなって、死がつらいものになってしまうのでは意味がないと思います。


自分と同じ考えのブログ主さんの話には大変勇気づけられました。
そして覚悟を決めて守ろうとしたことはこの3点です。

・温めない。ひんやりした場所を確保してあげる。
・水以外は受けつけない状態なら無理に栄養を与えない。
・段差などトイレへの経路に気をつけてあげる。

子どもの頃に飲んだミルクは1度だけ美味しそうに飲んでくれました。
そして水もとうとう口にしなくなりましたが、小河内山の帰りに汲んできた『天稜星水』は
美味しそうに飲んでくれて、汲みに行った甲斐がありました。
以前から山の水の飲みっぷりは良かったですから。
でも『南アルプスの天然水』などのミネラルウオーターはなぜか飲んでくれません。
氷も好きでしたから、最後は氷を舐める程度でした。

氷ペロペロの図
IMG_6799.jpg

ボーっとして話しかけても全く反応なしの図
半分、花畑を歩いていたんですかね。
IMG_6801.jpg

亡くなる2日前で飲めたのがこれが最後。
翌日は全く飲まなくなりました。
ここからの枯れ方がすごかったです。

排泄は、下半身はもうグニャグニャなので、お漏らしをしても出てくれればいいと思っていたのですが
最後まで自力でトイレまで歩いてました。生まれたての小鹿のようにヨタヨタと。
玄関からトイレまで、この体にしては距離があったのでトイレを近くに置こうかとも思ったのですが
別の場所に置くことでウロウロ迷うとかわいそうだし、ネコの習性を尊重しようとそのままにしました。
突然徐に起き上がり、どうした?と近寄った瞬間バタッっと倒れ、見ると小さなウンチを2個していました。
もう感動というか、これも準備なのだと覚悟しました。これも2日前の事です。

亡くなる前の日は横たわって何度も私を呼ぶように鳴いてました。
体をさすると気持ちがいいのか目を閉じてうっとりした表情に。
休みだったのでほぼ一日付きっきりでさすっていました。
これが私にできる最後のお世話なので。
そういえば、てん坊の時はらくが付き添ってましたね。
泣けてくるんですけどね、なるべくらくの前では泣かないように堪えました。
泣いてしまえばらくの死に様を否定しているようにも思えたので。
こんなに頑張っているんだからこちらも素直に受け入れないとと。

驚いたのは最期の日の早朝。トイレ近くのマットの上で横たわってました。
トイレ周りは失敗した後で汚れていました。さすがに力尽きた感じでした。
「よく頑張ったね。もう頑張らなくていいよ。」
そう声をかけるしかありませんでした。
そしてこの日、命が尽きました。

枯れて最期を迎える死様は素晴らしいものでした。
悲しみはもちろんですが、大きな感動も置いてってくれました。
自分もこんな風に自然に枯れていくように最期を迎えるのが理想。
色々な事を考えさせられました。

今日は大泣きしながら書いてます。
でも今日を最後にするので。
忘れることは無いですが、あえて思い出すのはやめようと思います。

そろそろ納骨の事考えなくちゃですかね。

IMG_6922.jpg
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2 Comments

チャトラ  

Re: キツいですね

MaxJ05さん、こんばんは。
じ~んとくるお話ですね。
ネコはシャイなようで実はさみしがり屋なのかもしれません。
程よい距離を取りつつ信頼関係を築けていたのでしょうね。

そうですね、忘れる努力というより振り返って思い出さないようにしようと思います。
ありがとうございました。

2019/06/26 (Wed) 21:21 | EDIT | REPLY |   

MaxJ05  

キツいですね

心中お察しします。メチャ可愛がったペットは家族同然…ですよね!

我が家は、わたしが物心ついたころからずっと犬か猫を飼っていました。ですから当然何度もお別れを経験しています。現在飼っている猫の2世代前の猫なんですが、その時期に引っ越ししまして猫が家に居付かなくなったんですね。でも2~3年で戻って来ましたが…

その後も老いてなお、家に居付かない猫でしたので「死ぬ時くらいはウチに帰って来な!」と強く言い聞かせていましたが、亡くなる朝に家に帰って来ました。そして一番可愛がっていた妹の顔を見て旅立ちました。「猫は死ぬ前に家を出て姿を隠す」なんて嘘っぱちだと思いました。

現在の猫はまだピンピンしています。まだまだお別れとは遠いと思いますが、やっぱし私たちの前でお別れして欲しいと考えています。合掌!でもらくチャンは戻って来ないんですから、ボチボチと忘れるようにしましょうか…

2019/06/26 (Wed) 18:57 | EDIT | REPLY |   

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